勝連城跡勝連城跡は、1972(昭和47)年5月に

国指定史跡(指定面積131,774.68㎡)となり、

2000年12月に『琉球王国のグスク及び関連遺産群』の一つとして、

他8つの文化財とともに世界遺産登録が正式に決定した。

本城跡に対する興味や関心が高まり、近年来訪者も増加している。

城跡は、昭和52年度より保存修理事業に伴い、

発掘調査が実施され現在も継続中である。

平成元年度までに一の曲輪から三の曲輪の調査をほぼ終了し、

四の曲輪の調査へ移っている。

勝連城跡が見える屋上
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勝連城跡の歴史

勝連城は、琉球王国が安定していく過程で、

国王に最期まで抵抗した有力按司(あじ)

阿麻和利が住んでいた城として有名である。

城は、沖縄本島の中部勝連半島の根元に位置する

丘陵上に築かれている。一の曲輪(くるわ)からは、

北は金武湾を囲む北部の山々やうるま市の離島を望むことができ、

南は知念半島や久高島、護佐丸の居城であった中城城跡が

一望できる景勝地になっている。  (勝連城跡公式ホームページより抜粋)